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2011年8月10日 (水)

(定本悲しき玩具)一握の砂以後 解説 9

歌の背景 

以下しばらく、「一握の砂以後(四十三年十一月末より)」の歌々の作歌時期、その背景にある啄木の生活、文学上・思想上の営み等を見ておこう。鑑賞上の参考にされたい。
(便宜上歌番号をつけた。冒頭の2首を最後に回したので『悲しき玩具』の番号より2番ずつ数字が若くなっている。)

「途中にてふと気が変わり」(1)~「青塗りの瀬戸の火鉢によりかかり」(44)の歌々は、この11月末から12月半ばまでの約半月間に作られたと推定される。
 

勤め人の日常(出勤、サボり、家庭生活、夜勤帰り等)の歌から始まっている。正月の歌々(33~39)も実はこの間に(つまり正月前に)作られている。

この約半月も啄木は精力的に仕事をした。選者石川啄木の朝日歌壇は大盛況でほぼ連日東京朝日紙上を賑わした。

12月上旬には「幸徳等所謂無政府共産主義者の公判開始は」に始まる無題の評論を途中まで書いた。

10日、12日、13日には啄木の第二歌論「歌のいろいろ(一)~(三)」を発表した。

しかしまもなく歌が作れなくなった。

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