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2011年9月14日 (水)

(定本悲しき玩具)一握の砂以後 解説 26

啄木にとって歌は、文学者・作家(この時期の啄木にとって文学は小説であった)として思想家として全力を挙げて活動し闘う時に自ずと湧き出してくる、副産物なのであった。

それをかれは「歌は私の悲しい玩具(おもちや)である」と表現したのであった(「歌のいろいろ」)。

しかし全力を挙げて活動し闘うことは病気によって不可能にされ、病気は一向に回復の兆しを見せない。今や啄木にとっての歌は文字通りの「悲しい玩具(おもちや)」でしかなくなったのである。

それを突然感じた時もう歌を作る気はしなくなったのだと思われる。

その決断の直接のきっかけとなったのは、妻節子と宮崎郁雨の恋愛の発覚(9月10日頃という)であろう。

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