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2011年12月24日 (土)

幻の啄木歌集「仕事の後」 38

鹿野政直はこの変化を「″天才″の視点から″生活者″の視点への転回」と呼んだ(「啄木における国家の問題」)。

井上ひさしは啄木の「回心」と呼んだ(「the 座」1986/6)。

啄木は新生した。かれが「天才」を捨てた時、天才石川啄木が誕生した。

自分自身を、そして世の中を直視する啄木はすぐれた数々の評論を書きはじめる。

評論は岩手日報への「百回通信」として始まった。執筆の目的は生活費を稼ぐことであった。(この評論連載を岩手日報にいる新渡戸仙岳に頼みこんだのは、妻の家出以前の9月28日である。)

鹿野政直は言う。

この「百回通信」において「啄木は、生活への関心のふかまりを、政治思想化し経済思想化する視点を確立したようにみえる。それは、社会主義思想としてはまだ結晶していないけれども、一文学者ないし一ジャーナリストあるいは一人間の時評としては、おどろくべく視野のひろいものである。政治・経済・外交・社会などの問題へのふかい関心が随所に示されており、文芸問題すら政治・社会問題の一局面としてとりあつかわれている。その関心は、イギリスの政治、中国問題、東北振興問題、地租軽減問題、工場法の問題、教育問題などにわたり、かつてのような高踏的超越的な近代批判はかげをひそめ、現実へふみこんでゆこうとする姿勢がいちじるしい。」

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