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2011年12月28日 (水)

幻の啄木歌集「仕事の後」 40

自己の閲歴を踏まえた詩論は第五回から展開される。要旨は以下のようである。

「食(くら)ふべき詩」とは「両足を地面(ぢべた)に喰(く)つ付けてゐて歌ふ詩」「実人生と何等の間隔なき心持を以て歌ふ詩」である。

それは「珍味乃至(ないし)は御馳走ではなく、我々の日常の香の物の如く、然(しか)く我々に『必要』な詩といふ事である」。

「詩人」は「普通人の有つてゐる凡ての物を有つてゐるところの人でなければならぬ」。(換言すれば「詩人」は「生活者」でなければならぬ、となるだろう。)

「真の詩人とは……自己の心に起り来る時々刻々の変化を、飾らず偽らず、極めて平気に正直に記載し報告するところの人でなければならぬ。」

「詩は所謂詩であつては可けない。人間の感情生活……の変化の厳密なる報告、正直なる日記でなければならぬ。従つて断片的でなければならね。――まとまりがあつてはならぬ。(まとまりのある詩即ち文芸上の哲学は、演繹的には小説となり、帰納的には戯曲となる。詩とそれらとの関係は、日々の帳尻と月末若くは年末決算との関係である。)」

「我々の要求する詩は、現在の日本に生活し、現在の日本語を用ひ、現在の日本を了解してゐるところの日本人に依て歌はれた詩でなければならぬ……。」

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