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2012年1月14日 (土)

幻の啄木歌集「仕事の後」 45

 少年の軽(かろ)き心は我になしげにげに君の手とりし日より

 泣きぬれし顔をよしと見醜しと見つゝ三年(みとせ)も逢ひにけるかな

 かしましき若き女の集会(あつまり)の声聞き倦(う)みてさびしくなりぬ

 長く長く忘れし友にあふ如き喜びをもて水の音きく

 君に逢ふこの二月(ふたつき)を何事か忘れし大事ありしごとく思ふ

このうち「かしましき」「長く長く」の2首がのちに『一握の砂』に採られるが、他の3首には夕暮の影響が見られる。

最初の歌。「少年の」心は「君の手」をとった日から男の心に変わってしまった、というのであるから、モチーフは女との関係から生じる男の心の変化、であろう。

夕暮の5の歌は、女と肉体関係によって生じた男の心を詠んでいるのであろうから、同様のモチーフと見なしうる。

「泣きぬれし顔」の歌は、愛してもいない女との関係を詠む。これは夕暮の歌1、2、3のモチーフである。

「君に逢ふ」の歌は、女との関係に没入できないで、相手を離れてさまよい出ようとする男の心を詠む。夕暮の4の歌が同様のモチーフである。(3月14日東京毎日新聞「風吹く日の歌」5首中の次の啄木歌も同様である。「道ゆけば若き女のあとおひて心われより逃げゆく日かな」)

啄木の「手をとりし日」5首中の3首は、この年12月に出る『一握の砂』の歌々を知る者には、啄木らしからぬ歌であるが、夕暮の「さまよひ」に自然主義的な短歌の新生を見、モチーフと心持の表白の仕方をまねて試作した、と考えると納得がゆく。試作品のうちの5首を東京毎日新聞に投稿したのである。

つまり啄木は「創作」の創刊、夕暮の「卓上語」・短歌「さまよひ」に刺激され触発されて、歌作を再開したのである。去年4月以来約11ヵ月ぶりの作歌である。

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