« 2011年12月 | トップページ | 2012年2月 »

2012年1月

2012年1月31日 (火)

『復元啄木新歌集』評 2 池田功氏

『一握の砂以後』の歌集と、そして『仕事の後』の復元歌集をまとめ、さらにその解説を加えたお仕事は、大変すぐれたものでこれからずっと残ってゆくものです。とりわけ、『仕事の後』は、私も知らなかったので興味深いものでした。

 土岐善麿の編集がなぜいけないのかの理由も、5つにまとめわかりやすいものでした。『仕事の後』の解説もわかりやすい優れたものです。

 文庫形式の本もいいですね。近藤先生の写真も威厳があります。

  「北海道新聞」の黒川さんから連絡があり、「啄木と原発」で書きたいということでしたので、近藤先生の『啄木 六の予言』(ネスコ)の本に書かれた、大気汚染や文明批判がそれにあたると説明しました。

 1月29日の支部会の後で、出版祝いの会をするようですが、楽しみです。また、その時にお話を伺いたいと思います。 取り急ぎ御礼まで。

             2012年1月24日 池田功

 池田功さん:明大教授、国際啄木学会副会長。

2012年1月29日 (日)

『復元啄木新歌集』評 1 河野有時氏

メールや手紙でいただいた『復元啄木新歌集』の評を、いただいた順に時折紹介したいと思います。

 近藤典彦 先生

 昨日、『復元 啄木新歌集』が届きました。ありがとうございました。
さっそく読ませていただいております。
啄木には失礼ながら本書においては「解説」が『新歌集』同様に堪能できるように思いました。

 三行書きについては、別途お教えいただきたく存じます。
三行にして歌の調子を壊すことと三行で書かれた詩になることがどのように結びついているのか私自身も考えているところです。
つまり、啄木は歌を歌たらしめている歌の原理について五七五七七という調子以外のものに行き当たっていたということなのでしょうか。

 さまざまな問題と解答が『新歌集』それ自体のなかにあるのかもしれません。
ゆっくりと味わいたいと思います。取り急ぎ、御礼まで

                   2012/01/24 河野有時

 河野有時さん:都立産業技術高専准教授、国際啄木学会理事

2012年1月24日 (火)

復元啄木新歌集 出版!

復元啄木新歌集は2つの歌集から成る文庫本です。

  今年2012年は啄木没後100年、『悲しき玩具』刊行100年。これを記念しての出版物です。

1つ目の歌集は『一握の砂以後』。これは生まれ変った「悲しき玩具」です。100年前に出た『悲しき玩具』は土岐哀果の編集になるものですが、啄木の意図を大きく毀損する編集・いくつもの重要なルビの間違い・啄木とは違う漢字の使用等々の問題がありました。

  しかしこの問題に研究者はあまり気づきませんでした。その上土岐哀果編集という権威が大きいので、少しは気づいてもこの問題に触れようとはしようとしませんでした。

このたびわたくしが気づいた限りの全ての問題点を、啄木の原本「一握の砂以後」と先行諸研究とわたくし自身の研究とに基づいて改訂しました。その結果「悲しき玩具」が鮮やかに生まれ変わりました。

2つ目の歌集は『仕事の後』。これについてはこのブログで46回にわたって書いてきました。46回のブログは本書の「解説」部分です。通して読むとけっこう面白いはずです。

そして『仕事の後』の本文。これは苦労しました。『仕事の後』の本文を明治時代に見た人は、啄木以外では啄木が売り込みに行った先の春陽堂の編集者だけでしょう。啄木はこの原稿を解体しました。したがってまさに幻の歌集となったのです。

本書によってその歌集が読めることになりました。

さらにこの2つの歌集が1冊に編まれたことで、朝日文庫版『一握の砂』とすばらしい連関ができました。それは本書「あとがき」に書いてあります。

本書と朝日文庫版『一握の砂』は不可分の一対を成しています。 

さて、本の定価は1000円+税50円=1050円です。文庫本としては高いのですが、桜出版は社員合計2名(代表+社員=2名)のミニ出版社です。刷り部数は2000部。今のところ桜出版もわたくしも「利益」は無しです。2000部と言わず今後非常に多くの方々が買って下さることで報いられます。

の本がネット販売もする大きな書店等に出るのは約1ヶ月後だそうです。地元の小さな書店では取り寄せてくれる所とくれない所ができそうです。

購入ご希望の方へ。

ネットのホームページ「桜出版」→「E-mail」でご注文下さい。送料は出版社側が負担してくれます。

2012年1月18日 (水)

復元啄木新歌集 出版予定

新編著『復元啄木新歌集』(桜出版)は1月19日に印刷所を出る予定です。当日出版社から見本数冊を受け取ってくることになっております。

以下は親しい新聞記者に書き送った手紙の一節です。

去年4月と6月の啄木短歌をめぐる天声人語3編に始まった啄木受容の復活の兆しは、今年年明けから上げ潮に変わってきました。

岩田さんのブログ「啄木の息」でご確認いただきたいのですが、北海道新聞の大晦日の卓上四季・1/4の啄木大特集・その他、河北新報の記事(1/1)、四国新聞等(1/1)。極めつけは毎日新聞東京夕刊(1/4、1/5)の特集、山折哲雄・三枝昂之氏の対談「啄木没後100年--啄木人気の秘密と文学と思想(上)(下)」および吉本隆明氏・西村和子氏の談話・文章そして毎日新聞の成人式向け社説(1/9)。

1月初めの10日間にこんなに! 

私が啄木研究を始めて以来の27年間で、こんな上げ潮は初めてです。上げ潮の原因を突き止めました。東日本大災害です。あれ以来日本人はバブルとその後遺症の精神状況を脱し、生活・人生・政治と正面から向き合うようになりました。

日本人の心は、とりわけ頼りなかった青年・学生の心もまた、地に着いてきました。啄木を受容する日本人の心がまたしても(大正デモクラシ-期、昭和初期、昭和10年代、敗戦後、60年安保期、生誕100年、につづいて)復活しつつあると思います。

こんどの「復元啄木新歌集」はこの上げ潮に棹をさすものでありたいです。

わたくしは今、本が無事印刷所から出てくることを祈るばかりです。

2012年1月16日 (月)

幻の啄木歌集「仕事の後」 46

夕暮の第一歌集『収穫』が東雲堂から出るのは奥付によると3月15日。啄木は早速入手したと思われる。

3月18日には前田夕暮の影響を超えた啄木に独自の歌々が生まれる。啄木調の成立である。

東京朝日新聞に載った「曇れる日の歌(一)」5首がそれを告げている。

 よごれたる煉瓦の壁に降(ふ)りて溶(と)け降りては溶くる春の雪かな

 手にためし雪の溶くるが心地よく我が寝飽きたる心には沁む

 哀れなる恋かなと独り呟やきてやがて火鉢に炭添へにけり

 旅七日帰り来ぬればわが窓の赤きインキのしみもなつかし

 浅草の夜の賑(にぎは)ひにまぎれ入りまぎれ出(い)で来(き)しさびしき心

こうして、凡例で述べたように「東京毎日新聞」3月10日から4月8日までの(6回×5首=)30首、「東京朝日新聞」3月18日から4月7日までの(10回×5首=)50首の、合計80首はすべて「明治四十三年三月・四月」の章に収めた。

これらは啄木の新しい自信作群であり、「仕事の後」の編集を終えた4月11日に近接した最新の歌群だからである。

幻の歌集復元によって、歌人啄木の誕生から啄木調短歌の成立までが、手に取るように一望できることとなった。

2012年1月14日 (土)

幻の啄木歌集「仕事の後」 45

 少年の軽(かろ)き心は我になしげにげに君の手とりし日より

 泣きぬれし顔をよしと見醜しと見つゝ三年(みとせ)も逢ひにけるかな

 かしましき若き女の集会(あつまり)の声聞き倦(う)みてさびしくなりぬ

 長く長く忘れし友にあふ如き喜びをもて水の音きく

 君に逢ふこの二月(ふたつき)を何事か忘れし大事ありしごとく思ふ

このうち「かしましき」「長く長く」の2首がのちに『一握の砂』に採られるが、他の3首には夕暮の影響が見られる。

最初の歌。「少年の」心は「君の手」をとった日から男の心に変わってしまった、というのであるから、モチーフは女との関係から生じる男の心の変化、であろう。

夕暮の5の歌は、女と肉体関係によって生じた男の心を詠んでいるのであろうから、同様のモチーフと見なしうる。

「泣きぬれし顔」の歌は、愛してもいない女との関係を詠む。これは夕暮の歌1、2、3のモチーフである。

「君に逢ふ」の歌は、女との関係に没入できないで、相手を離れてさまよい出ようとする男の心を詠む。夕暮の4の歌が同様のモチーフである。(3月14日東京毎日新聞「風吹く日の歌」5首中の次の啄木歌も同様である。「道ゆけば若き女のあとおひて心われより逃げゆく日かな」)

啄木の「手をとりし日」5首中の3首は、この年12月に出る『一握の砂』の歌々を知る者には、啄木らしからぬ歌であるが、夕暮の「さまよひ」に自然主義的な短歌の新生を見、モチーフと心持の表白の仕方をまねて試作した、と考えると納得がゆく。試作品のうちの5首を東京毎日新聞に投稿したのである。

つまり啄木は「創作」の創刊、夕暮の「卓上語」・短歌「さまよひ」に刺激され触発されて、歌作を再開したのである。去年4月以来約11ヵ月ぶりの作歌である。

2012年1月12日 (木)

幻の啄木歌集「仕事の後」 44

啄木が夕暮の最近の自然主義的な短歌を読んでいたかどうか未詳であるが、夕暮は「さまよひ」と題する16首をこの「創作」に載せている。16首中のほとんどが女との関係を詠んでいる。たとえば以下のように。

 1、別れむとする悲しみにつながれてあへばかはゆし別れかねたる

 2、わがまゝを迭(かた)みにつくしつくしたるあとの二人の興ざめし顔

 3、自棄(じき)の涙君がまぶたをながるゝや悲しき愛のさめはてし頃

 4、あたゝかき汝がだきしめに馴れ易きわれの心をのがさしむるな

 5、あたゝかき血潮のなかに流れたる命恋しき身となりしかな

新詩社の恋愛歌とはまるで違う。聖なる恋など歌っていない。女との関係から「さまよひ」出た男の心を「唯正直に表白」していると言った方が近いだろう。 

「さまよひ」の影響を見よう。3月10日東京毎日新聞に啄木の「手をとりし日」5首が載る。「明治四十三年三月・四月」の章の最初の5首がそれである(以下5首)。

2012年1月10日 (火)

幻の啄木歌集「仕事の後」 43 (啄木短歌の誕生)

啄木調短歌の誕生 

3月1日、文芸短歌雑誌「創作」が創刊された。若山牧水が中心で、前田夕暮らが編集に参加した。短歌作品が圧倒的に多い。

短歌に焦点を当てて見るなら、「スバル」は新詩社的・耽美派的な短歌の雑誌であり、「創作」は自然主義的な短歌雑誌であると言えよう。新詩社・耽美派に批判的になり、自然主義に接近していた啄木がこの雑誌に強い関心を抱くのは必然的であった。

分けても当時自然主義的短歌を作って注目を集め始めた前田夕暮に関心を示した。

次に見るのはこの創刊号に載せた前田夕暮「卓上語」の一節である。

  私は言ふところの歌人でないかも知れぬ。けれども自分は「人間」であるといふことに些かの疑念も挿んでゐない。自分は何時も唯「人間」で沢山だ、満足して居る。平凡でもよい、何でもよい。吾等は世上有り触れた極めて通常なる人である。此世間並の人が、世間並の人から受けた印象、乃至は吾等の周囲の自然から受けた心持を、唯正直に表白する。その表白する為めに便宜として私は短歌を選んだまでゞある。

「弓町より」との共通性に着目されたい。一見したところでは、啄木が詩について言ったことを夕暮がそのまま歌について言っているかのようである。啄木は自分の詩論と同様の見地から現実に短歌を作っている先行者を見いだしたのである。ほとんど衝撃的だったであろう。(「弓町より」の夕暮への影響ということも考えられる。)

2012年1月 8日 (日)

幻の啄木歌集「仕事の後」 42

年が明けた。1910年(明43)である。

年末に父一禎が野辺地から上京し同居したこともあり、1月は生活費のために猛烈に稼いだようである。

2月初めにはクロポトキン(幸徳秋水訳)『麵麭の略取』を読み、「国家といふ既定の権力」という、時代に突出した国家概念を獲得した(「性急(せつかち)な思想))。「スバル」発禁以来感じていた国家と個人の関係の洞察は飛躍的に深まった。

同じく2月初め小説「道」を脱稿した。完成した啄木小説中の最高傑作である。

ロシア人Paul Miliyoukov:Russia and its Crisis (ロシアとその危機。全600ページ)を読みはじめる。

2012年1月 7日 (土)

謹賀新年

謹 賀 新 年

旧年は日本も世界も多事多端、時代の閉塞感は深刻でした。新年の日本と世界も同様であろうと予測されます。わたくしは、起こり来る事態と相対して生きて行くしかないと、腹を括っております。

わたくし個人にとっての旧年も達成の少ない不本意なものでした。そのわずかな達成は『復元啄木新歌集』です。『悲しき玩具』を生まれ変らせ、幻の啄木歌集「仕事の後」を復元し、二つを合わせて一冊としました。今月中に出版の予定です。諸般の事情があって文庫本なのに定価は千円です。一月中旬にネットで「桜出版」をご検索いただけると幸甚です。

新しい一年のご平安を祈りつつ、不悉

上は今年のわが年賀状です。今日は正月の7日。松の内も終わろうという日になってのご挨拶、まるで寝正月をしていた人のそれみたいですが、大晦日早朝から三箇日まで屠蘇もやらずひたすら上記『復元啄木新歌集』の3校および手直しをしておりました。箱根駅伝もほとんど見ておりません。桜出版に3校ゲラをわたしたのは1月3日午後3時近くでした。

もし、私の3校ゲラ-桜出版-印刷所のどこにも大きなミスがないならば、この20日頃にいい本が出る予定です。今は桜出版-印刷所の仕事を息を詰めて見守っております。

今啄木受容の機運が盛り上がってきています。昨日ようやく認識したのですが、その契機は東日本大災害でした。あの事件を境に日本人の生き方が地に着き真摯になってきました。それに呼応するかのように啄木が日本人の心によみがえってきています。昨年4月4日、4月15日、6月9日と立てつづけに天声人語子が啄木短歌を取り上げつつ、かのコラムを感動的な3編で飾りました。

このたびの新著はこの機運の盛り上がりに貢献するものでありたい、いやきっと貢献できる、と念じております。

今年は啄木没後100周年、『悲しき玩具』刊行100年です。2010年の『一握の砂』刊行百年、2011年の啄木没後百年の諸行事は今ひとつ盛り上がりに欠けました。諸行事があっても啄木の人と作品に対する若い世代の関心は高まらず、啄木愛好世代(60代以上でしょうか)の関心もマンネリ化していました。

新しい啄木作品が必要です。断簡零墨までが全集化している啄木にそんな作品は現れようがない、のでした。

しかしそれが現れるのです。ご期待下さい。

明日から数回、幻の啄木歌集「仕事の後」シリーズをつづけます。その後のことはこれから考えます。

本年もよろしくこのブログをご訪問下さい。 近藤典彦

« 2011年12月 | トップページ | 2012年2月 »