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2012年9月16日 (日)

5ヶ月の再中断の後に

ブログをやめてしまうか、つづけるか4月5日以後また迷ってしまいました。ブログをやらなくなった時間で「石川啄木伝」の執筆が少し進みました。現在ローマ字日記の1909年(明42)5月を執筆中です。全体は約8年かけて1800余枚になりました。

そのうちの1908年(明41)4月25日以後(第三次上京以後)をブログにして連載しようかと考えるようになりました。全部で二千数百枚になりそうな「石川啄木伝」ですから、出版の時は大鉈を揮い4分の1くらいにまで凝縮することになるでしょう。しかし今回のブログでは生のまま、粗々の原稿そのままです。

できることなら、なるべく多くのご感想をいただきたいです。コメント欄で交信したいものです。そのうちツイッターも活用したいとは思っています。

 「石川啄木伝」に入る前に『復元啄木新歌集』にお寄せいただいたありがたいご感想のうち、これだけはどうしてもご紹介したいものがあり、それを以下に載せます。

 渡部紀子さんのおてがみです。渡部さんは中央大学名誉教授渡部芳紀さんの夫人で、芹沢光治良の研究者としても活躍されています。

戴いた『復元 啄木新歌集』を主人より私の方が先に読ませていただき夢中になりました。
天才詩人啄木の魅力にも増して、近藤先生の解説を超えた解説には衝撃と感銘を受けました。
このように見事な解説、読んだことがありません。
スリリングな展開、スピード感、まるで見てきたかのような描写力、その日常が手に取るように分かる面白さ、まるで啄木が乗り移ったかのような筆力。
啄木の心情と一体化して、啄木以上に啄木の内面を語っているようです。啄木自身「僕以上に僕のことを分かっている」と苦笑しているのではないかしらん。
確かに彼の歌が非凡であることは感じておりました。
(と言うよりは、他の歌人達の美文調の歌が凡庸でつまらなく思えるのです)
しかし、どこがどう違うのか、それは何故か等、近藤先生の明晰な文章で頭の中が整理されて、透明になっていくような清々しさを覚えました。感謝です。

文庫本であること、余白、文字が大きいことも含めて、読みやすく持ちやすく親しみやすい優れた歌集です。
(宣伝と工夫すれば大いに売れると思います)

うたびとでない私も歌心に灯をつけられて、最近五七五七七調でものを考えています。

(このあと渡部さんは18首の歌を詠んでおられます。そのうち6首を紹介させていただきます。)

我が事となれりこたびの大震災
      
まなこ閉じれどまなこ開けど 渡部さんのご実家は津波の襲った岩手県山田町

恋文に啄木の歌書き連ね
      届けし人は若くして去
(い)

その昔熱意をこめて啄木を
      語りし人を思ひ出づる日

非凡」とは啄木にこそふさわしき
      その境涯も詠まれし歌も

如月の月の半ばの朝七時
      富士の真上に月は浮かびぬ

箱根路を登り来て見し雪の花
      ふもとで聴きしは雨音なりしが

(お手紙は3月3日に戴きました。渡部さんありがとうございました。渡部ご夫妻は3.11後の山田町の高台に邸宅を建て、そちらに移住されました。)



 

 
  

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