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2012年9月28日 (金)

石川啄木伝 東京編 その6

5月13日の日記。
 ……初め菊池君だけ書かうと思つたのが、何時しか菊池君とお芳(「醜女(みたくなし)の」女中―引用者)の事を書く気になり、今日からは寧ろ釧路のアノ生活を背景にして、叙説者自身と菊池君との間に、或関係の生じて行く所、――詰り人間と人間の相接触して行く経路――を主眼として書いた。
はたして「菊池君」はすぐに書けなくなった。「菊池君とお芳の事」にテーマが「放浪」し始める。さらに「叙説者自身と菊池君との間」へと彷徨う。ここまで来ると「雲は天才である」「葬列」「漂泊」の時とまったく同様で「叙説者自身」を讃美する文章がとめどもなく垂れ流される。
こうしてこの小説は「雲は天才である」の二番煎じである。
この「放浪」中の6月9日から14日まで、植木貞子との危ない関係が急速に進展していた。9日啄木留守中の赤心館を貞子が訪ねて来た。以後毎日のように本人かはがきが来る。
そして15日の日記となる。
快く眠つたので、九時半漸く目をさました。
ト、てい子さんが来た。空が美しく晴れて居て、此頃目について大きくなつた公孫樹の葉が日影に透く。一緒に昼食をとつて、三時近く帰つて行く。
  日中の夢は〝昔″と云ふ語で初まつて、〝今″といふ事実に覚める。〝昔″は〝今″を孕んで、〝今″が〝未来″を孕む。〝昔″は追憶に残る夢で、〝未来″は予測に萠す夢である。予測から追憶に移る一刹那の〝現在″に、夢が〝事実″を一寸見せて直ぐ隠す。〝現在″の女は〝胸が痛い〃と云つた。
  心の落付かぬ日で、何も出来ぬ。

「この日、貞子との間に肉体関係が生じたのである」と喝破したのは石井勉次郎であった 。釧路で小奴のアタックをようやくかわした啄木の「道念」はついに融けてしまった。

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