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2012年10月 6日 (土)

石川啄木伝 東京編 その10

 もっともこの「天才」意識の裏側には、2月8日の郁雨宛書簡にあったように、自信崩壊の恐怖があることもたしかである。依拠すべき批評の根底を欠いていることの危うさ、自己の半生の直視が必要かも知れないとの予感、いつまでも「身も心も宇宙の浮浪漢」などと威張ってはいられない現実生活の切迫等が折りに触れて胸中に浮かんで来るのであろう。しかし啄木は自己に不利なことは徹底的に見ない。決して見ない。都合のいい方に考える事で逃げる、回避する。1904年(明37)7月その天才主義を確立して以来の啄木のたぐいまれな能天気は健在である。北海道での貴重な経験もなんのその、元の木阿弥ならぬ元の啄木だ。
 以上によって啄木の天才意識と作中人物観と創作態度との関係を確認しておこう。
 作者石川啄木は「天才」(選ばれた人)である。この世の人々は(したがって作中の人物達も)自分より一段下の人達つまり教化の対象なのである。決して自分と対等の人間達なのではない。これは樗牛「文明批評家としての文学者」を読み、ついには自分に「天才」を確信した時以来不抜の観念である。自分が作中で批判の対象となることは考えられないのである。竹山と野村と作者啄木の関係を想起されたい。しかも釧路時代からすでに自分の「天才」に対して時として疑いが浮上するのだ。これほど怖ろしいことは無い。これを直視することから逃げ続ける限り、作中では必ず自分を祭り上げるか、批評の対象を自分より一段下の人達として設定するのである。啄木が自分と世の人々が対等であることの発見は、鹿野政直のいう「生活者」としての自分の発見を不可欠の条件とする 。この発見までは「書けない地獄」を這いずり回るしかない。
 これが「雲は天才である」から「病院の窓」を経て1909年5月稿「札幌」に至る小説失敗の内的からくりである。
 ナルキッソス(ナルシス)は水仙になったが、啄木は何になるのだろう?

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