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2012年10月10日 (水)

石川啄木伝 東京編 その12

 翌日の日記。
〝病院の窓〃の筆を進めて六十二枚目。
 昼頃、On the eveを読み了つた。ツルゲーネフは矢張十九世紀の文豪で、予は遂に菊坂町の下宿に居て天下をねらつて居る野心児であつた。彼は死んだ人で、予は今現に生きてゐる……
  彼は小説をあまりに小説にし過ぎた。それが若し其の小説なら、予は小説でないものを書かう。
  予は、昨夜彼と競争しようと思つた事を玆に改めて取消す。予の競争者としては、彼はあまりに古い。話上手だ、少し怠けた考を持つて居る。予は予の小説を書くべしだ。

 空虚な天才意識と持てあまし気味だが情事に浮かれている啄木に痛棒の一撃が。
 5月24日。
  六時半何やら夢を見て居て、何の訳ともなしに目が覚めると、枕元に白いきものを着た人が立つて居る。それは貞子さんであつた。食前の散歩の序、起してやらうと思つて来たとの事。
  ……起きると宮崎君から至急といふ手紙。ああ。
  京子が……大脳何とか云ふ病気で、……昏睡! ああ、予の頭は氷つた様な気がした。昨夜かいた断片のうちに、幼児の墓に二十年振で父が帰つて来て、お前は死んでよい事をしたと云ふ意味の詩がある。予の頭は氷を浴びせられた! 京子の昏睡!
 ……此手紙を書いた朝には、昏睡からさめて、物を言つたと云ふので、漸く心を安めた。せつ子の心と友の情だけでも屹度癒る。さうだ、友は”屹度なほす〃と書いてよこした。あゝ二百里外の父は!
  貞子さんは八時少し前に帰つて行つた。
  予を思ふといふ此人が、例になく朝早く来て予を起した。起されて起きて、遥かなる海の
彼方の愛児が死に瀕してるといふ通知! 予は、噫、冷やかなる自然の諧謔に胸を…刺された。

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