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2012年10月12日 (金)

石川啄木伝 東京編 13

 貞子の頻繁な「訪問」をもてあました(と言うよりも家族の上京を前にしての、関係の深まりが不安になった(妊娠の恐れ、節子との修羅場、家庭崩壊劇等々)。啄木は、彼女が来たら金田一に部屋に来てお邪魔虫になってくれるよう頼んだ。  
 23日の夕方その「邪魔」にあった貞子は翌日朝駆けしたものらしい。天罰覿面と言うべきか。貞子と同時に速達が届いたのだ。
 それにしてもこの不実な夫と忠実な妻とその健気な節子に心打たれつつ節子を誠心誠意支えようとする郁雨と時間がたてば三角関係が次第に形成されるのはむしろ自然というものであろう。函館で会ったはじめから節子と郁雨は気が合ったし、啄木もそれを意識して「ふたり」のために援助を頼む、という言い方をしていることはすでに見た。
 こうして先の5月26日になる。「病院の窓」91枚を脱稿した。金田一京助が読んでくれ、すぐに中央公論の滝田樗陰の所へ持って行ってくれた。まだ脱稿前の23日、啄木は小樽の藤田武治・高田紅果宛の手紙に「多分七月の中央公論に出るだらう」と書いている。自分を正確に秤量できないのだから、自分の作品を秤量できるわけがない。
 5月28日「母」を起稿。「四枚かいて裂いて了」った。その「母」31枚を31日に脱稿。金田一が午前午後2回、中公の滝田の所へ行ってくれた。「留守」だった。したがって金田一の足労にもかかわらず「病院の窓」への返事はない。持って行ってくれた「母」は「唯戻り」。つまり置いてくることもできなかったのだ。

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