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2012年10月18日 (木)

石川啄木伝 東京編 16

 主人公お定は19歳。渋民村のある自作農の長女である。下に17歳の弟(これが長男)、さらにもう一人の弟がいる。「お定の家は、村でも兎に角食ふに困らぬ程の農家で、借財と云つては一文もなく、多くはないが田も畑も自分の所有、馬も青と栗毛と二頭飼つてゐ」るという。
 そしてお定は「背恰好の?乎(すらり)としたさまは、農家の娘に珍らしい位、丸顔に黒味勝の眼が大きく、鼻は高くないが、笑窪が深い。美しい顔立(かおだて)ではないけれど、愛嬌に富んで、色が白く、漆の様な髪の生際(はえぎわ)の揃つた具合に、得も言へぬ艶(なまめ)かしさが見える」という娘である。「農家」云々の10文字を除くとまるで漱石の世界に出て来る東京の娘である。
 そして彼女は「二三年前から田の畦(くろ)に植ゑる豆を自分の私得(ほまち)に貰つてるので、それを売つたのやら何やらで、矢張九円近くも貯めてゐた」。
 この小説の作品内時間は執筆時とほぼ同時期を想定してよいであろう。すなわち明治41年かその少し前である。
 以下は上田博『啄木 小説の世界』(双文社出版、1980年)からの引用である(41~42ページ)。
  岩手県の明治三十八年の大凶作は天明、天保以来の惨状と言われた明治三十五年の大凶作を凌ぐ惨状をひきおこした。……米作は平年作の六十六%もの減収で、気仙郡のごときは平年の七%しか収穫できない有様であつた。岩手は平時でも一反当りの米の収穫は東北六県中最下位であり、啄木の住む岩手郡は生産高一人当りの順位は県下十四郡中八番目という低さであった。このような生活水準の低さは大凶作の前にはひとたまりもなかった。
  ……雪の凶作地に入った朝日新聞特派員は、小学校児童の出席が三十九年一月には六割に充たず、登校する生徒のほとんどが足袋をはかず、弁当を持たず、四分の一の児童は教科書や筆墨を持たないと報道している。

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