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2012年10月20日 (土)

石川啄木伝 東京編 17

 この大凶作の翌年である明治39年度に啄木は代用教員をはじめたのである。その2年後の41年といえど渋民村の農民の現金収入は極わずかだったはずである。「毎月十八円といふ村内最高額の」 月給をとる校長の一家4人が、宿直室に住んで、家賃と燃料代その他を倹約していたことを思い出したい。「矢張九円近くも貯めてゐた」百姓の娘などあり得ないのではないか。
 啄木も読んだと思われる小説に徳冨健次郎の『寄生木』がある。主人公篠原良平は岩手県下閉伊郡山口村随一の資産家=地主の次男である。その祖母(一代前の地主一家の主婦)が長い長い年月掛けて貯めた”私得(ほまち)”は、明治28年4月現在で10円だった。たかが自作農の娘が9円の「私得」など持てるわけが無かろう。その良平は盛岡中学に入りたくて家出しようとするが、次男であるが故に1円どころか無一文であった。
 こう考えるとお定を家出に誘ったお八重のセリフもひどく現実離れしている。(東京までの)「汽車賃は三円五十銭許りなさうだが、自分は郵便局へ十八円許りも貯金してるから、それを引出せば何も心配がない。若し都合が悪いなら、お定の汽車賃も出すと言ふ。」
 お八重は大工の娘である。長女で小さな妹がいるらしい。米もほとんどとれない寒村で大工をやっていてどれほどの収入があるのやら、その娘は「十八円許りも貯金してる」のだという。それなら父親の兼大工は「村内最高額の」月給取りの校長よりも断然高収入という事になるだろう。
 そんな事があり得るのか。

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