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2012年10月30日 (火)

石川啄木伝 東京編 22

 それはさておき、この作品の結末は藤野の死・女乞食(そして乳飲み子)の死に始まって以後「十幾年」間に父が、高島先生が、幾人の友が死に、自分も肺結核にかかり、鎌倉の病院で「濤音」を聞きながら死を待っている。完。
 「菊池君」の手本はゴーリキー、「病院の窓」は田山花袋、「天鵞絨」は(その手本今のところ分からないが)絵空事だった。
 「二筋の血」では誰のまねをして、何を書こうとしたか。おそらく国木田独歩を手本にしたらしい。独歩の第四短編集『濤声』(彩雲閣、一九〇七年五月)を読んだかどうかは未詳であるが(41年10月20日に『濤声』を読んだ。日記参照。独歩の死は6月23日)、その序詩「秋の入日」(『濤声』初出)は「二筋の血」のテーマを考える場合参考になるので、2連各5行の詩の内の前5行を引いておこう。
  要するに悉(みな)、逝けるなり!
  在らず、彼等は在らず。
  秋の入日あかあかと田面
(たのも)にのこり
  野分はげしく颯々と梢
(こずゑ)を払ふ
  うらがなし、あゝうらがなし。

 こうした独歩の「非在の感覚」 と樋口一葉一代の傑作「たけくらべ」から幼い恋というモチーフを借りてできたのが「二筋の血」であるように思われる。
 この小説をもずいぶんあげつらったが、新太郎藤野の物語は子供の恋という一葉の切り拓いたテーマを啄木が引き継いでおり、それはやがて中勘助「銀の匙」の先駆ともなっている。

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