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2012年10月 3日 (水)

石川啄木伝 東京編 その8

 「菊池君」が行き詰まって途方に暮れていたところに、貞子との情事が発生したので、啄木は「自然主義」を地でいったことになる。相当のインパクトだった。そして石井の指摘通りこれを小説化することを思いついた。花袋の「蒲団」を読んだことで情事が着想を呼んだのであろう。
 花袋は「蒲団」において「羞づべき内面、自己のいはゆる『醜なる心』を赤裸々に描き、社会的体裁を捨てて、自己の真の姿をみつめようとした態度が、正直、真摯な作者の人間性の表現として、世を驚かしたのである」。
 啄木は「病院の窓」において、自分の「羞づべき内面、自己のいはゆる『醜なる心』を赤裸々に描」こうとはしない。「社会的体裁を捨てて、自己の真の姿をみつめようと」はしない。釧路で再会した佐藤衣川をモデルにした主人公野村の「肉霊の争ひ」を書こうというのである。ご本尊は作品中では「竹山主任」となって現れる。
 打見には二十七八に見える老(ふ)けた所があるけれど、実際は漸々(やうやう)二十三だと云ふ事で、髯が一本も無く、烈しい気象が眼に輝いて、少年(こども)らしい活気の溢れた、何処か怎(か)うナポレオンの肖像画に肖通つた所のある顔立で、愛想一つ云はぬけれど、口元に絶やさぬ微笑に誰でも人(ひと)(ずき)がする。一段二段の長い記事を字一つ消すでなく、スラスラと淀みなく綺麗な原稿を書くので、文選小僧が先づ一番先に竹山を讃めた。社長が珍重してるだけに恐ろしく筆の立つ男で、野村もそれを認めぬではないが、年が上な故(せゐ)か怎(どう)しても心から竹山に服する気にはなれぬ。
 どうだろうこのナルシシズムは。「病院の窓」という作品はこの場面に象徴的に表れている。

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