« 石川啄木伝 東京編 34 | トップページ | 石川啄木伝 東京編 36 »

2012年11月26日 (月)

石川啄木伝 東京編 35

 21首目には後の名歌が生まれる(「示せし」は2日後「示しし」に推敲)。
 21、頬につたふ涙のごはず一握の砂を示せし人を忘れず
 三枝昂之はこの歌をめぐって次のように言う。
   実作者の自分が連作を作るときの現場を重ねていえば、オーバーアクションの連続の中にふっと訪れたコーヒーブレイクの歌、と感じる。
……
   ここでこの夜の啄木の歌を少々強引に図式化し、「演技過剰の歌」と「自然体の歌」と、二分しておこう。みてきた歌の中では21の歌だけが「自然体の歌」である。狂ったように歌に取り憑かれる歌漬けに日々の中で、ときおり訪れるこのような「自然体の歌」、コーヒーブレイクの歌が、やがて啄木の中心的な領域になる。

 日記には「興が刻一刻に熾んになつて来て、遂々徹夜」とある。夜明け方の歌になって、こんな歌が生まれる。(「君が」は二日後に「己が」に改められる。)
 51、君が名を仄かによびて涙せし十四の春にかへるすべなし
 53、故さとの君が垣根の忍冬の風をわすれて六年経にけり
 三枝の解釈を参考にしつつ、啄木のこの時期この夜の精神状態を勘考すれば、ストレスを歌の形で相当吐き出すことに成功して、ストレス以前の啄木がふっと息を吹き返すのではなかろうか。そのとき21の歌がさらに51や53の歌が生まれたのであろう。

« 石川啄木伝 東京編 34 | トップページ | 石川啄木伝 東京編 36 »

文化・芸術」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/533861/56165091

この記事へのトラックバック一覧です: 石川啄木伝 東京編 35:

« 石川啄木伝 東京編 34 | トップページ | 石川啄木伝 東京編 36 »