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2012年11月28日 (水)

石川啄木伝 東京編 36

 

夜があけて、本妙寺の墓地を散歩して来た。たとへるものもなく心地がすがすがしい。興はまだつづいて、午前十一時頃まで作ったもの、昨夜百二十首の余。
 墓地を散歩して来て「心地がすがすがしい」とは変なものだが、啄木の生まれ育ったのが宝徳寺であり、裏手に墓地があり、遊び場が寺の境内であったことを思えば、納得が行く。(現代でも横浜の外人墓地・雑司ヶ谷墓地・青山墓地などの見学希望者・訪問者は後を絶たない。)
 むしろ「たとへるものもなく」という形容句の方が興味深い。作歌=カタルシスの効用が絶大であることを示す。そしてそれは啄木と歌の新しい関係の誕生を示している。
 散歩から帰って「午前十一時頃まで作った」歌を見てみよう。初めの二首。
 56、君が名を七度よべばありとある国内の鐘の一時に鳴る
 57、天外に一鳥とべり辛うじて君より遁れ我は野を走す
また「演技過剰の歌」がはじまった。そして七~九首目。
 62、野にさそひ眠るをまちて南風に君をやかむと火の石をきる
 63、東海の小島の磯の白砂に我泣きぬれて蟹と戯る
 64、青草の床ゆはるかに天空の日の蝕を見て我が雲雀病む
 先に福島章の分析を引いたが、当の文脈上では「東海の小島」の歌こそが分析の典型的な例として挙げられていたのである。この歌を作っている時の啄木にあっては、「東海」歌は62や64の歌と同次元なのである。三枝の「図式化」にはめるなら、「自然体の歌」というよりもむしろ「演技過剰の歌」に入るだろう。

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