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2012年12月 2日 (日)

石川啄木伝 東京編 38

 盛岡中学時代に真剣に読んだ高山樗牛「日蓮上人とは如何なる人ぞ」には、「東方の小国日本」「東海の仏子日蓮」などがあり、啄木羨望の詩集From the Eastern Sea(ヨネノグチ)の日本語訳は『東海より』であるが、「東海」は日本を指す。啄木自身「東方海上の一島国」(古酒新酒)、「日本は……東海の一孤島」「大文明を東海の天に興す」(林中書)、などと使っている。これらに拠ると「東海の小島」は日本である。
 しかし「磯」「砂」「蟹」となると別のイメージが動員されている。山本健吉が指摘・解説するように 、函館時代の詩「蟹に」には次の詩句がある。
  東の海の砂浜の
  かしこき蟹よ、今此処を

 この砂浜のある海は青柳町の家からはちょうど東にあった。まさに「東の海」である。
啄木にあっては「磯」は波打ち際の意である。「特に岩や石が多い所」という限定はない。したがって詩中の「砂浜」は「磯」である。そして「蟹」。
 「磯の白砂に……蟹と」にはこうした海のイメージも動員されたことであろう。同時に川崎むつをが固執したように、啄木が少年時代に訪れた青森県大間のイメージなども動員されたかも知れない。
 「我泣きぬれて……戯る」にはまた別のイメージや体験が動員されたことであろう。
 ただしこれらは考えて一つ一つ呼び出されたのではないであろう。一瞬のうちに動員され、即座に歌になったのであろう。
 ここではこれ以上の解釈は措く。必要に応じて論じて行くことにしよう。

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