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2012年12月 8日 (土)

石川啄木伝 東京編 41

 日記には「父母のことを歌ふ約四十首、泣きながら」とある。作りながら泣き始めたのだ。
102、津軽の海その南北と都とに別れて泣ける父と母と子
 「津軽の海」の南(野辺地)に父、北(函館)に母、都にはひとり息子。
103、飄然と家を出でては飄然と帰りたること既に五度
 家を出た時はいつも主に父に迷惑をかけた。
107、今日切に猶をさなくて故さとの寺にありける日を恋ふるかな
 幼き日に記憶が退行して行く。
108、我れ父の怒りをうけて声高く父を罵り泣ける日思ふ
109、母われをうたず罪なき妹をうちて懲せし日もありしかな
 どの歌もどの歌も佳い歌だ。奇怪でも異様でもない。真実が最上の言葉で詠まれている。
111、われ人にとはれし時にふと母の齢を忘れて涙ぐみにき
112、母よ母このひとり児は今も猶乳の味知れり餓ゑて寝る時
114、我が母は今日も我より送るべき為替を待ちて門に立つらむ
 母に送るべき金が有ったって、百合の花と足袋と香油と青磁の花瓶と銀台の洋燈を買ったくせに。でも114のように思っているのも啄木なのだ。母に妻に金を送る時は印税がどかんと入った時だ。
115、百二百さるはした金何かあるかくいふ我を信ずるや母
 渋民にいた頃こんな事を言って母を煙に巻いていたのも本当らしい。

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