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2012年12月14日 (金)

石川啄木伝 東京編 43

ふたたび父母の歌にもどる。
  134、わが父が?燭をもて蚊をやくと一夜寝ざりしこと夢となれ
そしてあと7首詠んでは終わる。「この日夜の二時までに百四十一首作つた」と日記にある。とうとう歌の奔流は収まった。2夜で合計254首も作ったのである。
 この経験は啄木に次のものをもたらした。
1、カタルシスを終え、小説が書けないことから生じるストレスをしばし逸らすことに成功した。精神にある種の安定を得た。これは啄木にとっての一つの歌の効用の発見でもあった。
2、短歌の韻律を自在に操れる自信を得た。これは実は父一禎の英才教育の賜物でもあって幼時からすでに啄木に内在していたのである。それがこのたびの奔流によって、表出した。すなわち自己に内在していた歌の天才の発見であった。
3、奇怪・異様な歌々もその時々の啄木の情緒の姿ではあった。歌はそれらを表現する手軽な(啄木にとっては)、詩形であった。奔流の終わり近くで父母妻子を詠んだ時、歌は真実の心の姿をも率直に詠むことの出来る詩形であることも知った。こうして「複雑なる近代的情緒の瞬間的刹那的の影を歌ふに最も適当なる一詩形」 であることを発見した。
4、また歌を詠むにあたっては既成の歌言葉・既成の表現(お歌所風は言うに及ばず、それを革新した新詩社風にも、根岸派風、竹柏会風にも)囚われぬ各個人独自の言葉・表現があり得ることを発見した。これを小田島理宛て書簡から引くとこうなる。「文学に捉へられて強ひて句を編む弊に陥り給ふな。天地の間に住する一個人として、場所や境遇に拘束せられず、真に感じ真に思ふ所をその儘うたひ出でなばと存じ候。」
 5、以上のうち3と4は窪田空穂の短歌原論「短歌作法」から摂取したと推定される。
6月26日午前2時は歌人石川啄木誕生の瞬間と言えよう。

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