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2012年12月22日 (土)

石川啄木伝 東京編 47

 7月6日「刑余の叔父」を25枚書いたが、ここで断。これから10月7日までちょうど3ヵ月小説は1字も書けない。またまた逃避行動に移るであろう。「二筋の血」以来の逃避行動の最大の収穫は歌人石川啄木の誕生であった。新詩社の歌会と観潮楼歌会の刺激は「魂の解体した」野放図の啄木(パンドラの箱が開いてしまった啄木)の文学上の逃げ場を用意してくれた。北海道にいては歌人啄木の誕生は遅れたであろう。いやまったく別の経路を辿ることになったであろう。
 老母・妻子・郁雨・金田一等の被った迷惑もこうして報いられて行く。
 7月7日に出した3通の手紙は啄木の「魂の解体」状況を示して遺憾がない。
 まず郁雨宛。
 久しく御無沙汰した。これといふ理由もない。
今朝(といつても暁に寝たので十二時に起きた。)岩崎君の最初の手紙、かなしき手紙と共に、せつ子からの、京がまた腸胃や心臓を悪くして君のお情けで藤野医師の診察かうけたといふ葉書が来た。泣かず笑はざる心の味!
君、僕は今外の言葉を持合せない。唯感謝する。唯感謝する。泣かず笑はざる心をもつて唯感謝する!
 ……
 近況は岩崎君へ書く。

 次に岩崎宛に書いた。いくつかの部分を引く。
 五日には正宗白鳥君を訪問した。頗るブッキラ棒な人間で虚礼といふものを一切用ゐない。僕は大すきだ、この大将、箱崎町へ淫売を買ひに頻々行くといふので猶更面白い。今月の趣味の「世間並」にその事が書いてある。あの妙な主人公が正宗君の性格そのまんまだ。

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