« 石川啄木伝 東京編 49 | トップページ | 石川啄木伝 東京編 51 »

2012年12月28日 (金)

石川啄木伝 東京編 50

 啄木がおそらく一番責任を感じているのは母に対してだ。この書簡の前の方にこんな記述がある。「すき歩き」も終わりごろ、「……薬瓶をさげた、腰の曲つた白髪のお婆さんを見て、目をつぶつて帰つて来た。……老いたる母!といふ感じが胸にひらめくと、僕は早速宿へ帰つてきた」と。
 夜遅くなって、「性欲の圧迫に耐へ」かねたのか、芳子宛に手紙を書く。老母妻子のことはすっかり忘れている。
 先つ頃の絵葉書取り出て、日毎に君が御目に映るべき海の色など思ひやり候。あはれ、おばしまに腰うちかけて朝な夕なに数へ給ふ沖の白帆の影、その帆の下に若しも此身のありて、遙かにおん身を望み見る事もあらばなど、つめたき茶を啜りての思ひそことしもなし。潮の香深きそよ風に惜気もなく吹かせ給ふ黒髪の夏の御姿、まだ見ぬ人――おそらくは永へに相見る期もあらざるべき人の、あへなくも面影に立つを、我とわが心に消しつつ、猶且つ心は西の夕の紫の雲にあくがれ渡り候。
 妄想の恋はいよいよ発展して行くことになる。ただ端倪すべからざるは啄木。書簡中で芳子に説いてやる短歌論は、すでに歌人石川啄木の卓論である。それは『一握の砂』に向かってたしかに流れて行く。

« 石川啄木伝 東京編 49 | トップページ | 石川啄木伝 東京編 51 »

文化・芸術」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/533861/56355376

この記事へのトラックバック一覧です: 石川啄木伝 東京編 50:

« 石川啄木伝 東京編 49 | トップページ | 石川啄木伝 東京編 51 »