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2013年1月12日 (土)

石川啄木伝 東京編 56

 7月21日。夕方から「久振で貞子さんが来た。十時頃までゐて帰つた」。   
「すでに情交のある若い男と女が五時間も別れ話をしているわけがあるまい」とわたくしが書いたのは5月20日の啄木のことだったが、この日も” 無事”の数時間が過ぎたわけではあるまい。その箇所ではつづけてこうも書いたのだった。「赤心館もとんだ下宿人を置いたものだ。これで金払いも悪ければ最悪の下宿人だ」と。(はたして翌日「下宿料の催促をうけ」る。)
ところでこの21日、啄木は貞子が帰ってから、長い手紙を書きはじめる。筑紫の菅原芳子宛だ。
 なつかしき芳子の君
 今朝、まだ覚めやらぬ夢の中にて寝がへりをうち候ひしは八時半頃にや候ひけむ。ふと枕辺のお文見出で候ふ時のうれしさ御察し下され度候。……ものの十分間許りも夢現の中にうれしき思ひ致し候。力ある柔かき腕に抱かれたる心地にもたぐふべきにや。心暗くのみ打過し候ふ今日此頃、かかる喜びと安けさを味ひ得候ふを先づ謝し奉候。
 いかなればかかる優しさ! かくも目の前の文字を疑ひ、はた、我とわが心の怪しきときめきを疑ひて、長き御文を仰向きの顔に蔽ひ、いひ許りなきなつかしさをもて残んの墨の香を嗅ぎ候。

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