« 石川啄木伝 東京編 60 | トップページ | 石川啄木伝 東京編 62 »

2013年1月22日 (火)

石川啄木伝 東京編 61

 鶴巻町の藤条静暁の下宿を訪ねるがいない。下宿の主婦に道を聞いて、戸塚村字戸塚五番地の小栗風葉宅を目指した。「旧交もある事であれば、居候においてくれと頼むつもりであつた。」この時点でなぜ風葉なのか? これは「作家」石川啄木の現在と深く関わる興味深い問題である。後述する。
 風葉宅は見つからなかった。どうやら戸塚村ではなく、下戸塚村に入り込み捜しまわったらしい。そして「若松町(?)とか、喜久井町とか、南町とか榎町とか、それはそれは、生れた以来初めての町許りアテもなく汗みづくになつて辿り歩いた。」下戸塚村を北北西に向かうべきところを、東の牛込若松町に入り込み、それから北北東の牛込喜久井町、早稲田南町に来てしまった。
 初めての町の炎天の下を、両側を珍らしげに見て歩いた。胸の鳩尾から流れる汗が鈍つた頭にもそれと知れる。これらの家を、今初めて見て、そして終りに見るのだ、俺は死ぬのだから。と考へたのは、トある新らしい家の建つた小坂を降りて曲つて、南町三十三番地先を通つた時。
 このあたりから東方に向かい、牛込榎町か南榎町に入った時、北原白秋の下宿が近いことを思い出したらしい。

« 石川啄木伝 東京編 60 | トップページ | 石川啄木伝 東京編 62 »

文化・芸術」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/533861/56561209

この記事へのトラックバック一覧です: 石川啄木伝 東京編 61:

« 石川啄木伝 東京編 60 | トップページ | 石川啄木伝 東京編 62 »