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2013年2月12日 (火)

石川啄木伝 東京編 71

(承前)
あゝ覚悟をし得ぬ他人……あゝ私はこの為めに今迄どのくらゐ苦しむか知れません。私は啄木の母ですけれども実は大きらひです。ほんにきかぬ気のえぢの悪ひばあさんですから夫もみつちやんもこまつてますよ。こんなこと私は両親にも夫にも云はれませんからねー
あゝほんとうに私の不平をきいて下さるのはお兄さん一人ですわ、はしたない女と思し召すでせうが可愛相と思ふて下さいませ、思へば一昨年の十一月でしたが私お産をする為めに里へ帰へつたのが三月まで盛岡にくらし五月宅が渡道する時より私この地に参るまで母の世話になりしが九月に入りて札幌の二週間日報時代はとかくしてすごしましたが今年になつてより又々東西に分れて私はこの北海の秋に親しむ身となつてるので御座ひます。無理にでもくつついて行きたいのですが私が先に行くと母がまたなげられた捨てられたといひます去年も色々事情があつての事ですけれど私一人を悪ひ悪ひと云ふのですよ、だれだつてかまわぬ気ならあんな無理してまでも呼びませんわねーほんとうに誤解いつたらひどいんですよ夫は何も知りますまひが私ばかりくるしいんですよ、私一人で忍で居ればいいと思つて何も云ひませんがね……あゝ夫の愛一つが命の綱ですよ、愛のない家庭だつたら一日も生きて居ません、私は世のそしりやさまたげやらにうち勝た愛の成功者ですけれど今はかく泣かねばなりません……しかし啄木は私の心を知つてるだらうと思ひます。もしも誤解でもする様だとこれ位悲しい事はありません、盛岡へ行く事も私はゆかぬと云てやりましたからキツトめんどうだと思ふてあゝ云ふてよこしたのでせう、なんだかあまりグチになりますから之でよしませう。
おはりに一つ兄さんに折入つてお願ひ申度事があります、ほんとうにすまないですけれど月末までに質の方どうかして下さいませんか。一月にも兄さんのおかげで助かりましたつたが実は六月きりでしたのを七月の末までこれで先月もだめで今月末までのばし
て置きましたが半分も売つて利子にしようと思ひましたらあんまり安いからと今迄三月もまつてくれたので御座ひます、今の処は半分でもいいのですからどうぞお願ひ致します、誠にすみませんけれどねー兄さん      節
   お兄様
     御許に
お返事はいたゞかなくとも宜しふ御座います
京子せわしき為乱筆御ゆるし下され度候
月末の払や何は先日いただいたので大丈夫にて候間質の方のみ何とぞ何とぞお願ひ申上候  サヨナラ

 二人は近所に住んでいたが、節子はあえて手紙を書いたのである。

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