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2013年2月16日 (土)

石川啄木伝 東京編 73

 それでもけなげな節子は「啄木の非凡な才を」信じようとする。それは少年石川一と共有した少女時代からの夢を追いつづける事であった。
 しかし郁雨は啄木の「道念」が融け始めた釧路時代からあからさまな手紙を通じて啄木の「自然主義」的な言動を知っている。だから「犠牲になる」云々の言葉も出たのであろう。節子は「何とも云はれず悲しくなる」。郁雨は同情する。それから姑カツとの救い様のない確執に耐える節子。郁雨の同情はいっそう募る。
 ほぼ同じ頃漱石が東京朝日新聞に連載中の「三四郎」で、イギリスのことわざPity’s akin to love.(かわいそうだと思う心は愛情に近い)を「可哀相だた惚れたつて事よ」と与次郎に訳させている。
 節子は郁雨を「兄さん」と呼んでいる。啄木は互いに猛烈に接近しそうな関係になったとき小奴を「妹」と呼んだ。女が男を「兄」と呼び、男が女を「妹」と呼ぶとき、2人の距離は非常に近い。節子満21歳、郁雨23歳である。
 さて、現在の啄木に戻ろう。啄木はこの妻を侮辱して前言を記したのだ。

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