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2013年2月26日 (火)

石川啄木伝 東京編 78

 予は、唯、死んだら貴君を守りますと笑談らしく言つて複雑な笑方をした。それが予の唯一の心の表し方であつたのだ!
 本を売つて宿料を全部払つて引払ふのだといふ。本屋が夕方に来た。暗くなつてから荷造りに着手した。

 金田一は国語学とアイヌ関係の文献を残して、ほとんど全部の文学書を売り払った。
  ……高等学校時代から親しんでゐたシェリーやキーツやの綺麗な表紙が、今更未練がましく目に浮び、それよりも、初めて読んだドイツの詩集ハイネのブッフ・デル・リーデルの思出多き赤い金ピカの本や、涙を流して読んだロゼッチのハウス・オブ・ライフなどが、誰の手に買はれて渡るだらうなど、考へたつてわからないことを一人で暫く考へてゐた。
 金田一がとっておきの洋書まで売り払った悲しみ苦しみが痛々しく伝わってくる。
 午後九時少し過ぎて、森川町一番地新坂三五九、蓋平館別荘(高木)といふ高等下宿に移つた。家は新らしい三階建、石の門柱をくぐると玄関までは坦かな石甃だ。……
 三階の北向の室に、二人で先づ寝ることにした。成程室は立派なもの。窓を開けると、星の空、遮るものもなく広い。下の谷の様な町からは湧く様な虫の声。肌が寒い程の秋風が天から直ちに入つてくる。
 枕をならべて寝た。色々笑ひ合つて、眠つたのは一時頃であつたらう。

 またしても金田一に助けてもらって当面の衣食住の確保ができた。金田一はこの援助の他に五円も恵んでくれた。
 金があるとすぐ遣わないではいられないのが啄木だ。これは父親譲りで死ぬまで治らない。

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