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2013年2月10日 (日)

石川啄木伝 東京編 84

 しかし他方ではすでに見たように「此頃毎号心の花に出してゐる”断章”の短い叙情詩に至つては、真の詩だ、真の真の詩だ。心にくき許り気持のよい詩だ。今の詩壇の唯一人は北原だ!」と評価しているのだった。これらの「短い叙情詩」はやがて『思ひ出』(一九一一年六月)の源流となるといってよいであろう。そして『思ひ出』こそ白秋の詩業中の最高傑作として後世に評価され、またもっとも後世に影響を与える詩集ともなるのである。
 両詩集が出版されるずっと以前に、未来の両詩集を見た上に評価までしてしまう予言となっている。おそろしい批評眼である。
 しかし詩人啄木自身の立ち位置は不明瞭である。
 小説界に起つた自然主義は、詩壇にも同様の現象を誘起した。自ら自然主義と称した手合も、早稲田派の末派などには少くない。此傾向はまた、”口語詩”なるものを作らしめた。
  自然主義詩に予の満足しえない理由、否、寧ろ全然不賛成な理由は、上に書いたことで明かだと思ふ。

 浪漫主義の啄木的形態としての天才主義はもはや啄木の詩作の根底に据わりえない。釧路で書いた「卓上一枝」でその破産をすでに告げていたのだった。だから今の啄木は詩人としての足場がないのである。自然主義は「寧ろ全然不賛成」なのだという。残るは白秋詩にある「二つの希望」だけ。その一方はしかし「極言すれば邪路に迷へるもの」として自分はとらない、と言う。結局詩に託すべきものとして残ったのは「小供の時代に帰りたいといふ方」のみ。

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