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2013年3月 4日 (月)

石川啄木伝 東京編 81

 こんな記述もある。
 今夜より、毎夜枕につきて後源氏物語をよむこととせり。
 晶子の勧めに依るのだろうか。どんなテキストの源氏物語なのか不明であるが、鷗外さえもてあまし、漱石はついにきちんとは読めなかったらしい源氏物語である 。啄木は源氏物語を読めるであろうか。
 9月10日
  古今集を読み終へた。悪技巧に囚へられた歌が多くて、呀と思ふ様なのが少い。よいと思ふのは、大てい万葉古今の過渡時代の作だ。
  北原からハガキ、転居の通知旁々やつた予のハガキに対する返事だ。吊橋が匂つたり、硝子が泣いたりするのは、君一人の秘曲だから我々には解らぬと云つてやつたのを、それは”皆三角形の一鋭角の悲嘆より来るものにて、さほど秘曲にても候はず、ただ印象と、官能のすすり泣きをきけばいいでは御座らぬか。…………この時僕の脳髄は毒茸色を呈し、螺旋状の旋律にうつる。月琴の音が鑲工の壁となり、胡弓が煤けた万国地図の色となる。”と書いて来た。

 源氏・万葉・古今などは釧路にいては縁が無かったであろう。上京は無謀であったが、森鷗外・与謝野夫妻他白秋・勇らにいたるまで一流の文学者との交流はなおのこと、貴重である。

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