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2013年3月 6日 (水)

石川啄木伝 東京編 82

 さて、「吊橋(つりばし)が匂つたり」は「中央公論」08年9月号に載った白秋「新詩六篇」中の1編「吊橋のにほひ」による。最終連を引いてみよう。
  真白なる真夏の真昼
  汗
(した)るしとどの熱に薄曇り、
  暈
(くら)みて歎く吊のにほひ目当にたぎち来
  小
(こ)蒸気の灰き唸や、
  日は光り、烟
うづまく。
 「硝子が泣いたりする」は「中央公論」08年7月号に載った白秋「幽湍外拾篇」中の1編「幽閉」によるらしい。「泣いたりする」のは「硝子」ではなく、「ぐらすの戸」で密閉された室内の「のあかり」である。最初の連を引こう。
  るぐらすの戸もて
  封
じたる、白日(まひるび)の日のさすひと間
  そのなかに蝋
のあかりのすすりなき。
 これに対する白秋の答えが振るっている。「皆三角形の一鋭角の悲嘆より来るものにて」とは、山本健吉によるとこういうことである。
  白秋が「皆三角形の一鋭角の悲嘆」というのは、彼が『神曲』地獄界に倣って書いた、
  
    ここ過ぎて曲
(メロデア)の悩みのむれに、
    ここ過ぎて官能の愉楽のそのに、
    ここ過ぎて神経のにがき魔睡に。 
                          (邪宗門扉銘)
 の序詞のいう「曲節」「官能」「神経」の謂であろう。

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