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2013年3月 8日 (金)

石川啄木伝 東京編 83

 啄木は白秋の返答に対してこう記す。
 無論これらも、強き刺戟を欲する近代人の特性を、一方面に発揮したものに相違ないが、我々の”詩”に対して有する希望はここにないのだ。
   ……
 人が大人になる、すると、今迄興味を有つて来た事の大半に、興味を失つてくる。そこで更に新らしい強い刺戟を欲する。ト共に、何か知ら再び小児の時代の単純な自然な心持に帰つて見たくなる。これらの二つの希望のうち、どれが詩的かと云へば、無論小供の時代に帰りたいといふ方が詩的だ。……
  予が北原の詩のうちで、所謂邪宗門流のものをとらずして(極言すれば邪路に迷へるものとして、)却つて同君があまり力を注がぬらしき”心の花”の”断章”などを、現下詩壇の一品とする所以だ。乃ち、我々は我々の情的希望のうち、詩的な方面を詩によつて充たさむとする。道理ぢやなからうか。

 こうして啄木は白秋の『邪宗門』(一九〇九年三月刊)にまとめられてゆく官能的耽美派的傾向を批判し拒否する。 

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