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2013年3月14日 (木)

石川啄木伝 東京編 86

 

頃日某処に博士某と会す。某は博覧達識自ら当代の哲人を以て任じ、人また一世の学匠を以て許す。
 座に大学の少年数輩あり。話頭偶
(たまた)ま時代思潮の惑乱に及び、博士意気軒昂、漫に青年の浮佻を罵る。一生あり、眉を挙げて曰く。『然れども、若しここに人あり、人生々存の価値を否定して自ら死を求とせよ。誰かよく彼に説いて其最後の断案を棄却せしむるものぞ。』と。
 博士怒を包んで冷笑して曰く、『死を求むる者は死に就かしめよ。彼仮令生くると雖も、また社会にありて何の用をかなさむ。』
 僕心に博士某を愍むの情に不堪。語るに一医生の事を以てす。某沸然色を作
(な)して曰く『已んぬるかな、当代少年の薄志弱行にして大理を学ぶに適せざる事。歴史的感覚と、科学的観察と、哲学的見識と、この三つを欠くが故に彼等遂に済ふべからざるなり。』
 烏有先生足下。人智の小を以て人生宇宙の大を窮めむとするは哀れむべし。若し夫
(それ)径三寸の脳中已に至高の大理を収め得たりとなし、然も人生の活機に面相接して痛切に畏懼する少年を一人だに済ふ能はざる博士に至つては、其無邪気寧ろ愛すべからずや。嗚呼、歴史的感覚乎。科学的観察乎。哲学的見識乎。『人生の事、知るべからず。味ふべき而己(のみ)。』好い哉言や。
 この「博士某」は森鷗外ではないか、と言ったのは斎藤三郎である 。その後60年近く経って清田文武がはじめて斎藤の推測を委曲を尽くして考察した 。

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