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2013年3月30日 (土)

石川啄木伝 東京編 94

 10月5日。
 午後三時頃まで机に向つて、遂に想がまとまらず。
 吉井君が来た。日がくれてから、平野君を誘つて鈴本亭に義太夫をきく。……美人の顔を黙つて見てると、実に気持が可い。這麼時予の心は三様に働く。一つの心は、義太夫を聴いて味つてゐる。一つの心は、美しい顔を眺めて喜んでゐる。そして一つの心は、取留もない空想に耽つてゐる。

 9月の下宿代は未払いだから、金を作らねばならない。そのためには小説を書かねばならない。「遂に想がまとまらず。」
 それにしても、この小説を書けない小説家の自己省察の鋭く繊細なこと。この異能は短歌創作において駆使されることになる。
 6日。
 “青地君”と云ふ題だけ書いて、十枚も紙をしくじつた。金田一君へ来た中央公論を持つて来て読む。……風葉、秋声、青果、白鳥、皆うまいが、何れも左程傑出したものでもない。風葉の”世間師”が就中読ませる。近頃の作のうちで最も気に入つたものだ。
 小説は書けない。しかし7月と同様、今全盛の自然主義小説を啄木が志向しているのはあきらかだ。就中風葉に傾いている。

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