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2013年3月18日 (月)

石川啄木伝 東京編 88

 それにしてもよほど腹が立ったのだろうか。鷗外の目にとまる心配のない岩手日報に憤懣をもらしたのだろう。
 啄木の方にも理がないわけではない。
 陸軍は日清戦争で4万1千余の脚気患者と4千余の同病死者を出し、日露戦争で25万余の脚気患者と2万8千にのぼる脚気による死者を出した。ちなみに日露戦争中の海軍の脚気患者は87名、同病死者は3名である。また日露戦争の戦死者は4万6千4百余名という。   戦闘ではなく脚気によってむざむざ死んだ人の数「2万8千」は「脚気惨禍とも称すべき状況であった」。この惨禍の原因は白米6合を中心とした「陸軍兵食論」にあるが、これに「重大な関与と責任」を負うのが森林太郎であった。
 この面から見る森鷗外は「科学的観察」をあまりに軽んじており、「大理を学」んだ者の言動とはかけ離れている。  
 しかも啄木を怒らせた発言は日露戦争後間もない1908年のものである。これが空疎に聞こえた啄木の耳もまた端倪すべからず。  

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