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2013年5月10日 (金)

石川啄木伝 東京編 113

 こんなこと啄木は思いたくはなかったであろう。まして書きたくなどなかったであろう。しかし、かれの良心がうずいた。そして当たり障りの無い叙述から始めて、「連想」を書き連ねる中でとうとう、書きたくなくて書かねばいられなかったことを書いてしまったのであろう。これは当時の啄木が手本にしようとしていた自然主義の、自己の真実を直視する作家態度に揺さぶられたことでもあろう。
 啄木はこのあと社会道徳に対してさえ反抗できない自分を告白し、さらに「連想」を書き続ける。
  遂に予は空想家である。遂に予は空論家――否、虚言家である。憐むべき軽薄なる虚言家である。噓つきである。常に、而(しかうし)て、凡てに於て! 
  (さう言つて呉れるな。)と、予の頭脳
(あたま)の何処かの片隅で、果敢(はか)ない声がする!
  さう言つて呉れるな! 可哀相に!
  何故? 怎
(ど)うして? 実際噓つきぢやないか? 
  返事は出来まい! 弁解は出来まい!
  そんなら予が代つて弁解してやらう。

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