« 石川啄木伝 東京編 136 | トップページ | 石川啄木伝 東京編 138 »

2013年6月28日 (金)

石川啄木伝 東京編 137

 たしかに「横川松太郎」はまさに「憐むべき軽薄なる虚言家であ」り、「汝青木松太郎、乃ち予」である。実際の「青木松太郎」はどこから来たのか。ロマンチツク啄木・天才主義者啄木から来たのであった。啄木は「横川松太郎」をロマンチツク啄木・天才主義者啄木ともっとも遠い・対極にある青年像にしてしまった。こうして自己との接点をあえて切断したのである。
 啄木は「病院の窓」において、植木貞子との関係に表れた自分の「羞づべき内面、自己のいはゆる『醜なる心』を赤裸々に描」く事はできなかった。「社会的体裁を捨てて、自己の真の姿をみつめようと」はしなかった。釧路で再会した佐藤衣川をモデルにして自己と無関係の主人公野村の「肉霊の争ひ」を書こうとしたのだった。
 まったく同様のことをやっている。ただしあの時と今ではごまかした事柄の内容が本質的に違う。あの時回避したのは自己内部の「肉霊の争ひ」の直視であった。今度回避したのは自己の中に潜む「空想家」・「憐むべき軽薄なる虚言家」としての「汝青木松太郎」の直視であった。
 作者は相変わらず「天才」啄木に留まり、その位置から見下ろされる主人公は「天才」の対極の人物となり、村人たちはその卑小な人物にやすやすとだまされる愚昧な人々となる。

« 石川啄木伝 東京編 136 | トップページ | 石川啄木伝 東京編 138 »

文化・芸術」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/533861/57640221

この記事へのトラックバック一覧です: 石川啄木伝 東京編 137:

« 石川啄木伝 東京編 136 | トップページ | 石川啄木伝 東京編 138 »