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2013年7月28日 (日)

石川啄木伝 東京編 141

 1909年(明42)元旦の日記。
 今日から二十四歳。
 前夜子の刻すぎて百八の鐘の鳴り出した頃から平野君と本郷の通りを散歩し、トある割烹店で食つて二時頃帰宿、それから室の中をかたづけて、寝たのは四時近くだつたから、目をさましたのは九時過。
 ……
 満都の士女は晴衣を飾つて巷に春を追うた事であらう。予は一人室に籠つて北海の母に長い手紙を認めた。予は其手紙に、今年が予の一生にとつて最も大事な年―― 一生の生活の基礎を作るべき年であるとかいた。そして正月の小遣二円だけ封じた。

 午後3時半に外出。与謝野家に年始。「与謝野氏はスバルの前途を悲観してゐた。主要なる話はスバルに関した事であつた。」それから平出修宅へ。「話はこゝでもスバルの事。」
 さて、その「スバル」の創刊号は年末の30日夜遅くに製本了。めでたく元旦に間に合った。年末の平野と啄木は編集と校正に大わらわだった

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