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2013年8月 2日 (金)

石川啄木伝 東京編 143

 3日にもこう書く。
 長い事、然り、長いこと何処かへ失つてゐた自信を、予は近頃やうやう取戻した。昴は予にとつて無用なものでなかつた。予はスバルのおかげで、今迄ノケ者にしておいた自分を、人々と直接に比較する機会をえた。
 「人々」とは「スバル」に(小説などを)執筆する人々であろう。
 ……せつ子から封書の賀状が来た。大晦日に室料を払つて五厘残つたと! そして賀状のかげには予が金をおくらなかつた事に対するうらみが読まれる。予は気まづくなつた。あゝ、金は送らねばならなかつた。然し金は送りえたのであらうか? 今日は予の賀状がついて、いくらか我がいとしき妻も老いたる母も愁眉をひらいた事と思ふ。
 小説に自己の真実を書けない啄木は日記にも真実を書けない。「金は送りえたのであらうか?」というが、最初に入った原稿料の内から浅草の女たち延べ8人ほどに使った金はいくらになるのだろう。2度目の原稿料の内から「女中共」にくれてやった「二円」と今日妻と老母が受け取ったであろう金は同額である。そうしたことは書かないで、嘆いてみせる。日記は微妙に自己の真実から目を逸らせている。だから「我がいとしき妻も老いたる母も」云々にもかすかにしらじらしさが漂う。
 節子は夫からの仕送りがあるはずだからと、郁雨に援助を頼まずに年越しを試みたのであろう。その結果が「五厘」だった。夫は不実である。

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