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2013年8月 8日 (木)

石川啄木伝 東京編 146

 9日。
 一時頃に太田君が赤い顔をして元気よく入つて来た。……予は、予の編輯する号は君と北原には蹂躙にまかせると言つた。三時まで話した。……
 前年11月初旬から始まった木下杢太郎との交誼は今ますます濃やかである。「スバル」は間もなく耽美派の雑誌になって行くが、その方向に舵を切った功績は石川啄木とかれを支持した平出修に帰するであろう。もっとも他人からの援助や下宿代の未払いや原稿料等でどうにか維持し得た啄木自身の耽美的傾向は、東京朝日新聞への就職と家族扶養の義務とによって、存立し得なくなる。かなしい耽美派との別れは間もなくやってくる。
 9日の日記の続き。
 森先生の会だ。四時少しすぎに出かけた。門まで行つて与謝野氏と一緒、吉井君が一人来てゐた。やがて伊藤君、千樫君、初めての斎藤茂吉くん、それから平野君、上田敏氏、おくれて太田君、――今日はパンの会もあつたのだ。
 題は十一月からの兼題五、披露が済んで予が十九点、伊藤君が十八点、寛、高湛、勇の三人は十四点、その他――
 斎藤茂吉が観潮楼歌会に初参加。啄木とも初対面。
 十時散会、雪が六七分薄く積つて、しきりに降つてゐた。予は伊藤君の傘に入つて色々小説の話をしながら森川町まで来た。傘につもる雪がサラサラと音がする。

 ちなみに与謝野寛・吉井勇と並んで14点をとった「高湛」とは源高湛(たかやすまたはたかしず)こと森鷗外。傘なしの啄木が「野菊の墓」の作者で9月から「アララギ」の主宰者となる伊藤左千夫の傘に入れてもらい小説の話をしながら帰ってくるなど、楽しい絵になっている。(三年半の後伊藤は啄木短歌への深い理解を表明する 。)

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