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2013年8月26日 (月)

石川啄木伝 東京編 155

 しかし、である。われわれは「葬列」「漂泊」「菊池君」「病院の窓」などで石川啄木自身の分身らしき人物が現れると、自己賛美が始まるのを見てきた。近いところでは「鳥影」の吉野満太郎にもそれを見た。
 今回は主人公が自分自身でしかも「出来るだけ事実を」書こうというのである。止めどもない自己賛美が始まることは目に見えている。「連想」で見たように、啄木は今自信を喪失している。だからこそ過去の自分の中に自信の源を見出したい。この思いも啄木を自己賛美へと駆り立てる。かくて「足跡」ではナルシスト啄木の自己賛美オンパレードとなる。
 冒頭の主人公の登場はこう言う調子である。
 新学年始業式の日なので、S村尋常高等学校の代用教員、千早(ちはや)(たけし)は、平生より少し早目に出勤した。白墨(チヨオク)の粉に汚れた木綿の紋付に、裾の擦切れた長目の袴を穿いて、クリクリした三分刈の頭に帽子も冠らず、――渠(かれ)は帽子も有(も)つてゐなかつた。――亭乎(すらり)とした体を真(まつ)(すぐ)にして玄関から上つて行くと、早出の生徒は、毎朝、控所の彼方(かなた)此方(こなた)から駆けて来て、敬(うやうや)しく渠を迎へる。中には態々(わざわざ)渠に叩頭(おじぎ)する許(ばつか)りに、其処に待つてゐるのもあつた。その朝は殊に其数が多かつた。平生の二倍も三倍も……遅刻勝(がち)な成績(でき)の悪い児さへ其中に交じつてゐた。健は直ぐ、其等の心々に溢れてゐる進級の喜悦(よろこび)の想うた。そして、何がなく心が曇つた。
 渠はその朝辞職願を懐にしてゐた

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