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2013年8月28日 (水)

石川啄木伝 東京編 156

 これもほぼ「事実」なのであろう。しかし「雲は天才である」の新田耕助は生徒に対して「天皇陛下」ではなかった。生徒たちとは「同志」の関係であった。
 「亭乎(すらり)とした体を真(まつ)(すぐ)にして」などを読むと、きっとまた「ナポレオンの眼」が現れるぞ、と思う。
 作者石川啄木はそれでも面はゆさはある。自分(石川啄木)が自分(千早健)をあんまり賛美するのは気恥ずかしい。そこで並木孝子に賛美の主な部分の語り手になってもらう。
 そして孝子には、万事(よろづ)に生々とした健の烈しい気性――その気性の輝いてゐる、笑ふ時は十七八の少年の様に無邪気に、真摯(まじめ)な時は二十六七にも、もつと上にも見える渠の眼、(それを孝子は、写真版などで見た奈勃翁(ナポレオン)の眼に肖(に)たと思つてゐた)――その眼が此学校の精神(たましひ)でゞもあるかの様に見えた。健の眼が右に動けば、何百の生徒の心が右に行く、健の眼が左に動けば、何百の生徒の心が左に行く、と孝子は信じてゐた。そして孝子自身の心も、何時しか健の眼に随つて動く様になつてゐる事は、気が付かずにゐた。
 これもほぼ「事実」なのであろう。しかし、あまりと言えばあまりなナルシシズム……。

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