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2013年9月 8日 (日)

石川啄木伝 東京編 161

 2月1日啄木は小説「樗牛死後」 を書き始める。
 思出せば隔世の感がある。日露戦争前の事で、僕が十八の歳――今から六七年も前だ。神田錦町のとある処に、入口の格子戸だけ真新らしい、古い穢い二階建の下宿屋があつた。入口に掲げた止宿人の人名札は大抵裏返しになつてゐて、名前の出てるのは四枚か五枚――その数少き止宿人の中に、京橋辺の或鉱業会社の分析課に務める小林某といふ人があつた。僕は先の下宿から逐出されて了つて、行処に塞(つま)つた揚句、真鍋六郎といふ同年配少年と共に、その人の室に二十日足らずの間置いて貰つた事がある。時は一月末から二月の中旬まで。其間に一度大雪が降つて、市中の電話が不通になつた事を記憶してゐる。下宿屋の名は長盛館とか言つた。顔は忘れたが亭主は此上もない無気力者(いくじなし)で、朝から晩まで主婦に我(が)鳴立(なりた)てられながら、赧顔(あからがほ)の女中を対手に飯炊をしてゐた。

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