« 石川啄木伝 東京編 161 | トップページ | 石川啄木伝 東京編 163 »

2013年9月10日 (火)

石川啄木伝 東京編 162

 

その主婦といふのは、鼻のひしやげた、何時でも口元に泡を溜めてゐる――喋る時それを吹散らかす――だらしの無い四十恰好の女で、いかなる日でも優しい口一つ利(き)く事なく、朝は僕等よりも遅く起きて、寝巻の儘で長火鉢の前に座つては、歯吃したくなる様な可厭な声で、当(あたり)散らしてゐた。 僕等が何か言つたとて碌々(ろくろく)返事して呉れた事もない。尤も僕等は、謂はゞ小林の室の居候で、室代も食費も出さぬ、野良犬の様な者であつた。
 僕は其前の年、十七の秋の十月末に、郷里の中学の五年級を二学期で罷(よ)して、上京したのだ。それは、家(うち)が段々困つて来たところへ、飯米だけ出して泊つてゐた姉……
 これはどうしたことか。今日発刊の「スバル」二月号の石川啄木「足跡」の結びはこうなっているのだ。「(その一、終)」と。
 さらにつぎの付言もある。
 (予が今までに書いたものは自分でも忘れたい、人にも忘れて貰ひたい、そして、予は今、予にとつての新らしい覚悟を以てこの長編を書き出してみた。他日になつたら、また、この作をも忘れたく、忘れて貰ひたくなる時があるかも知れぬ ――啄木
 これらによると「足跡」は自伝的「長編」の「その一」に当たることになる。「スバル」三月号に向けて書く小説の原稿は「その二」のはずであろう。であるならば「その二」は小学生を率いて行った「ストライキ」、その結果故郷を追われ、北海道函館へ渡り……といったことが描かれるはずであろう。
 ところが「樗牛死後」でさらに四年も時をさかのぼってしまった。

« 石川啄木伝 東京編 161 | トップページ | 石川啄木伝 東京編 163 »

文化・芸術」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/533861/58107247

この記事へのトラックバック一覧です: 石川啄木伝 東京編 162:

« 石川啄木伝 東京編 161 | トップページ | 石川啄木伝 東京編 163 »