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2013年9月12日 (木)

石川啄木伝 東京編 163

 すなわち「足跡」の「その二」はもう書けないのだ。そうであろう。故郷を出て函館に来た経験は「漂泊」ですでに書いて中断した。釧路の経験は「病院の窓」「菊池君」その他で幾度も書いては失敗している。札幌や小樽の経験も自己賛美しかできない啄木には書けないことは、間もなく明らかになる。
 真実の自分を見るのが怖い石川啄木にとって「足跡」の続きは無いのである。従来、啄木がこの小説を書けなくなったのは「早稲田文学」3月号の中村星湖の酷評(後述)のせいだと言われてきた。ちがう。「足跡」が活字になった瞬間にもう書きつげなかったのである。いや脱稿した時それを自覚したのかも知れない。付言の結びにこうあった。「他日になつたら、また、この作をも忘れたく、忘れて貰ひたくなる時があるかも知れぬ」と。すでに怪しげである。
 2月2日。
 (樗牛死後)をついでゐると、下宿料の催促、午後四時、(鳥影)をもつて北原君をたづね、鈴木鼓村氏に本屋の周旋をたのむことを頼む、明日行つてくれるはず。

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