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2013年10月10日 (木)

石川啄木伝 東京編 177

 3日の手紙からは、平野とのケンカ以後について書いてある部分を引いておこう。
 ……その後ホントの喧嘩になつた。その平野の尻押をしたのは与謝野氏だ。然し喧嘩は全然僕の勝利に帰した。平出君(出資者)は全然雑誌の方針に於て僕の意見に賛   成だと公言した。そして平野が僕によこした喧嘩の手紙があつたのを、『スバルはアノ平野君の手紙を何人も認めないから』とまで言つた。
 勝つた! 勝つた予は、平出君に対する友情によつて、?一二ヶ月だけ署名人に僕の名を貸すことにして、そして三号は太田にやらした。

 スバルの発行・編集の中で啄木・平出の相互理解は急速に深まり、今は「友情」にまで発展した。この関係の発展は翌年発覚する大逆事件に際して極重要の意味をもつことになるであろう。
 同じ3日の日記によると水野葉舟の「ある女の手紙」(中央公論3月号)を「おもしろく、感心して読ん」でいる。何人もの女をもてあそぶ大学生とその大学生におぼれて行く若い女の性欲を、書簡体で書いたもの。これに惹かれる「作家」啄木のセンスは小栗風葉に惹かれるのと同様、「批評の根柢」の欠如を示している。
 3月5日には7銭しかない。2日に質屋で借りた8円のうち、1円は並木に渡した。あとの遣い道は天宗への払いと、雑誌と電車の50回券と名刺代と煙草代等々で消えたのらしい。そこで北原のところに行って1円借りて出社。

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