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2013年10月20日 (日)

石川啄木伝 東京編 182

 啄木の言う「生きた世の中」は間もなく啄木に「国民生活(ナシヨナルライフ)」という一つのキイ概念を生み出させるであろう。
 しかし自己を対象化(直視)できない今の啄木には「生きた世の中」と自己との関係を対象化することなど思いも寄らない。「あゝ、それと予との間に何の関係がある」に落ち着く。
 「今日も大学館によつてみたが、昨日と同じ返事。」これは当然だ。そこで「仕方なく佐藤氏に前借のことをたのむと、面倒だからと言つて、自分で二十五円かしてくれた」。
 もう金の泉の尽きた金田一に代わって、今度は佐藤北江が頼られることになるだろう。
 帰宅し蓋平館に20円払って、5円残った。この5円遣わずにはいられない。それが啄木の金銭感覚だ。「九時頃出かけて、あゝ浅草に行つた。雨の浅草! つかれて腹がへつたので、馬肉屋でめしをくつて車でかへる、十二時半。」
 3月12日「せつ子から手紙」とあるが、啄木はその手紙になんの感想も記さない。心を動かす内容でなかったのであれば、節子の心はもう夫を離れたのかも知れない。

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