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2013年10月26日 (土)

石川啄木伝 東京編 185

 3月10日の日記と共通の内容だが、はるかに生き生きして臨場感のようなものさえ感じさせる。白秋や杢太郎や勇がもし東朝に就職して同じ仕事をしてもこのような刺激を受ける事はありえないだろう。世の中の出来事にこれほど鋭敏に反応できる文学者は当時の日本にもほとんどいないであろう。啄木の天才的感受性だ。
 その感受性は啄木を予言者にする。
 君も知つてる如く、下宿の僕の窓から砲兵工廠の三本の大煙突が見える。四五日前の或朝、僕は何時になく早く起きて窓に倚つて居た。と、彼の大煙突が一本の薄い煙を吐き出した。僕は其時初めて今迄煙の出てゐなかつた事に気が付いた。薄い煙は見る見る濃くなつた。大きい真黒な煙の塊が、先を争ふ様に相重つて、煙突の口の張裂けむ許りに凄じく出る。折柄風の無い曇つた朝で、毒竜の様な一条の黒煙が、低く張詰めた雨雲の天井を貫かむ許りの勢ひで、真直に天に昇つた。僕は我を忘れて一心に其壮景に眺め入つた。其何分かの間、僕は呼吸してゐる事を忘れてゐた。軈(やが)て僕は、更にそれよりも壮大な光景を欲するの情を起した。そして恁麼(こんな)事を考へた。――何(いづ)れの都会も、有りと有る工場を其中央に集める。幾千百本の煙突を合して唯一本の巨大な煙突を立てる。其煙突は現在見てゐる砲兵工廠の煙突より何百倍何千倍太く且つ高く、それから吐出す煙も現在見てゐる煙より何百倍何千倍太く且つ凄じい。そして都会と都会とは各々其煙突をより太くより高くせむことを競争する。(以下次回につづく)

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