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2013年11月10日 (日)

石川啄木伝 東京編 192

 この11ヶ月間啄木はほとんど他人の金で生きてきた。その金の泉はほぼ枯渇した。金田一には十二分に援助したもらった。金田一はもう結婚資金もないほどである。小奴からはもう25円も借りた。堀田秀子は何かの事情で金を貸すのが難しいらしい。春陽堂からは森鷗外をバックにして22円75銭巻き上げた。大学館の「鳥影」出版計画は潰えた。あとは、平野の洋書を借りだして質に流してしまうとか、平出から1円、太田から1円、北原から1円といった借り方をするだけである。
 就職して月給が入るようになってもすぐに「前借(ぜんしゃく)」してしまった。あとは前借の繰り返しはできても、それは月給の使い込みの繰り返しでしかない。蓋平館には百何十円かの負債がある。これ以上滞ると食と住を失う。家族を迎えるどころではない。
 ところで啄木はこの5ヶ月間少しでも金が入ると、女を買うか、活動写真を見るか、酒や食事に走るか、洋書を買うか等々をした。これらは小説を書けない苦しみを紛らわすための「逃げ場」であった。金が入らなければそれらの「逃げ場」は無くなったに等しい。
 「逃げ場」を短歌や詩に求めた時期もある。それもいまや失せた。短歌は遊戯分子が多くて本気になれない。詩はもう書く気がしなくなっていたところへ『邪宗門』が届いた。詩を書く気など起こりようもない。こうして詩歌という「逃げ場」も無くなった。
 「逃げ場」は今やほとんど無い、これが4月7日の啄木の現実である。小説が書けなくて呻吟する啄木を小説に向かわせる惨酷な動力が一つ加わった。『邪宗門』である。最高のライバルとして競った天才北原白秋の輝かしい成功。もう一人の「天才」が『邪宗門』に匹敵する小説を書けなくてはあまりに無残な敗北ではないか。自信の無いかれの胸中で負けじ魂だけがのたうつ。負けぬためにも、「天才」を証明するためにも、小説を書かねばならぬ。
 かくて「ローマ字日記」はほとんど唯一の「逃げ場」となり、小説を書けない啄木の精神の葛藤のほぼ全てがここに注ぎ込まれることになる。
 

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