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2013年12月16日 (月)

石川啄木伝 東京編 210

 4月11日
 昨夜は自らのイライラ(なにかに追い回されているような心理)とモヤモヤ(私娼窟の体験)を書きまくった。それがカタルシスとなったようだ。
  Nani to naku Ki ga karoku sawayaka de,wakaki Hi no Genki to Tanosimi ga Karada-dyu ni ahurete iru yo da.  Sakuya no Kimoti wa doko e itta no ka to omowareta.
かくて金田一京助と二人で隅田川に花見に行く。見ゆるかぎりは春の野。さんざんふざけちらす。
 金田一と別れて、与謝野宅の歌会へ。昨夜のパンの大会のことを聞く。金の無い啄木は今や白秋・杢太郎・勇らとは別世界の住人になってしまった。
   Rei no gotoku Dai wo dasite Uta wo tukuru. Minna de 13 nin da. Sen no sunda no wa 9 ji goro dattaro. Yo wa kono-goro Mazime ni Uta nado wo tukuru Ki ni narenai kara, aikawarazu Henabutte yatta.   
 森鴎外の観潮楼歌会では次の歌会のための題(たとえば、斯く・さぞ・瓶・海、など)を出しておく。兼題である。新詩社の場合、題はその場で出されたらしい。この日であると、毒・上衣・横・万年筆・土手、など(新詩社ではこうした題を「結び字」と言った)。これを一首の中に詠み込んで歌を作り、互いに発表しあうのである。
 もはや歌はカタルシスの手段たりえない。歌うべきことなどない。今の絶望的努力、絶望的情況を歌で表現することなど、論外だ。まして題詠など遊戯としか思えない。
 そこでこの日「Henabutte yatta.」のである。「Henabutte yatta.」とは木股知史によれば 、当時流行の「へなぶり狂歌」のまねをして、「ふざけて歌を作ってやった」くらいの意味である。

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