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2014年1月 4日 (土)

石川啄木伝 東京編 219

 光子は旭川に行ったから、今函館では節子・カツ・京子の3人暮らしである。代用教員という勤務があり当直もある節子はある程度家を空けることができた 。そうした事情はカツの先ほどの手紙にもうかがえる。上京・別れの日も近づいている。節子と郁雨の関係が飛躍する日は遠くないだろう。
 夫はそれも知らずに、ひとまず賛歌を書いた。そして他の女性たちとのさまざまな関係があっても、節子への最愛を確認する。
  hito no Tsuma to shite Yo(世)ni Setsu-ko hodo kaaiso na Kyogu ni iru mono ga aro ka !?
 しかし節子をそれほど「可哀相な境遇に」追い込んでいるのは、自分の身に合わない野望(修練もなしに作家になろうとする)と家長としての無責任である。それを直視することは怖いから避けてこうつづける。
  Genzai no Fufu-seido ―― subete no Shakwai-seido wa Machigai darake da. Yo wa naze Oya ya Tsuma ya Ko no tame ni Sokubaku sareneba naranuka ?  Oya ya Tsuma ya Ko wa naze Yo no Gisei to naraneba naranuka ?
 悪いのは自分ではない。夫婦制度その他の社会制度が悪いのだ。まちがいだらけの制度のために妻子老母の扶養という束縛を自分は受けるのだ。妻子老母が自分の犠牲になるのは自分が悪いのではない、制度が悪いのだ。
 この無責任男の妻「ほど可哀相な境遇にいる者があろうか!?」 無責任の付けを啄木は死ぬまで払いつづけることになろう。

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